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【緊急開催】箕輪厚介の原点・与沢翼登場!今も変わらぬブチ抜く力 #与沢箕輪

本日3月30日(土)、緊急帰国した与沢翼さんと箕輪厚介さんによる箕輪編集室のイベントが開催されました。先ほど終了したイベントの様子を公開します!

ベストセラー書籍を産み続ける天才編集者・箕輪厚介の物語。それは、この方と制作した1冊の雑誌から始まりました。

双葉社勤務時代、ネオ・ヒルズ族として名を馳せていた与沢翼さんに出会い熱狂した箕輪さんは、広告部に在籍していたにもかかわらず、彼を題材にした雑誌を作ることを決意します。

反対する社内を説き伏せて、自ら編集した雑誌『ネオ・ヒルズジャパン』は、今では定価の3倍で売買されるなど、一部の人間の間でカルト的な人気を誇っています。

<Profile>
与沢翼 ーあらゆることを秒速でブチ抜く男ー
1982年11月埼玉県秩父市生まれ。日本の実業家、投資家 ネオヒルズ族として名を馳せる]。株式会社YOZAWA TSUBASA Holdings、株式会社フリーエージェントスタイルホールディングス、株式会社All of me(オールオブミー)代表取締役社長などを務め、現在はドバイ在住。株やFX取引を手がける。

定刻より少し早い14:57、動画クリエーター タカオミさん制作のオープニングムービーが流れ、少し緊張気味に見える箕輪さんの挨拶から、イベントはスタートしました。

箕輪さんにとっては、飛躍のきっかけとなった人。かつては大規模な会場で講演会を行っていた与沢さん、今では露出する機会はほとんどなくなりました。

「これが最後かもな」ーそんな与沢さんの言葉が印象的でした。

不死鳥・与沢翼は何度でも蘇る


時代の寵児と呼ばれた与沢さん。20代では109のアパレルブランドを成功させ、当時の年商は10億を越えていました。しかし、その後に破産。再起を図ってアフィリエイトや情報商材を扱うビジネスに取り組みましたが、これも資金がショートし、倒産してしまいます。

誰もが「与沢翼は終わった」そう言いました。しかし、現在、与沢さんはドバイに拠点を移し、株やFX取引を手がける投資家として3度目の復活を果たそうとしています。

箕輪:世間は終わった人間だと思っていただろうけど、その度に復活する与沢さんは本当にすごい。

与沢:どのタイミングでも、目の前のことを全力で一生懸命やっていたんですけど、至らないことが多かったですね。ようやく経済の本質がわかったような気がしています。本当に成功できたなと思うのは今回が初めてです。

『ネオ・ヒルズジャパン』の制作時、与沢さんの一信者だったと話す箕輪さん。

箕輪:与沢さんに教えられたことが僕の原点。ヤバいなと思った時に、ブレーキを踏むのではなく、アクセルをさらに踏み込むということを、その時に覚えた。

当時、多くのメディアに露出していた与沢さんですが、取材する人間の多くは、彼のお金を持っている奇抜なタレント性に注目していました。そんな中箕輪さんだけが、与沢翼という一人の人間の話を聞きに行っていたと話します。

与沢さんから見て、当時の箕輪さんは「こいつ大丈夫かな?」と思うくらい、ピュアでまっすぐな青年だったのだそう。どんどん成長していく箕輪さんの姿は「ここ5年間くらいで最大の驚き」だったのだそうです。


多動力は一点突破する分野を見つけるプロセスだ!

サイバーエージェントの藤田晋さんの書籍を読み「こんなにかっこいい経営者がいるんだ」と憧れた与沢さん。たった1つの憧れから、2度も会社を経営しました。

与沢:何が自分に向いているかに気づけたら、人生はあがりですよ。

『多動力』を編集した箕輪さんから見ると、与沢さんは昔から一点突破の人だと話します。与沢さんにとっての多動力とは、自分に向いていることを探すプロセスなのだそうです。

与沢:僕は多動力っていう生き方は好きなんですよ。今の時代にふさわしいスピード感を感じるんです。ただ、多動することは、自分に向いていることを見つけるための手段だと思っています。

例えば僕は経営者をしていましたが、2度やって初めて自分には向いていないことがわかった。それが大切なんですよ。どの道のプロもそうだと思うんですが、その道一本でやってるから一流になるんでしょう? 何かをやるからには、一つを突き詰めるしかないと思っています。

一点突破をする分野を見極めたうえで、アクセル全開でブチ抜く。実際に与沢さんは、日本一の投資家になるという目標を新たに定め、メルマガの廃刊、広告活動も全てを遮断など、過去に手がけていたものをどんどん止めています。

その理由は、年商ベースでいくら稼ぐのかという考え方から、投資家として資産思考に変わったこと。着実に長期で積み上げていくことを見据え、活動を大胆に変えていったのです。



将来を考えない刹那の男が、見据え始めた未来


「直近に命をかける」
それが与沢さんのかつての生き方でした。

経営者として裏方に徹したアパレル時代、そこから自身が前に出てトークスキルを必要とされる業界への転身。その状況に合わせて、超速で自分を変化させ、成功と呼ばれる結果を生んできました。

経営が悪化していく雰囲気を感じた時も、選択したのは「キャッシュが尽きるまでやる。」こと。このアクセルを踏んだ理由は、「将来の自分の知名度を稼ぐため」でした。

与沢さんの一挙手一投足がメディアに写り続けていた当時、オファーがあれば全て受けていたと振り返る与沢さん。今の箕輪さんの活動を見て「辛そうだなと感じることがある」と話します。もしかしたら、かつての自分と重なるところがあるのかもしれません。

あの頃と変わったものは、行動原則の全て。

かつては気にならなかった人からの印象を、気にするようになった。
その代わり、自分が発信するものには、思考を重ねるようになった。

与沢:1のリスクで1のリターンで満足していちゃいけないんですよね。1のリスクで10のリターンを得られるくらいにならないと、その方法を考えないと。ヒットを打つことが目的ではない。ホームランを打つことが目的なんです。

1人で動く今、最大限の効果を出すためには、どの手段を選ぶことが一番いいのか? その思考は重ね続けなければならないと話します。

そして、考え方が大きく切り替わったその背景には、肩書きが変わった以上に物事の捉え方に変化があったのだと続きます。

与沢:僕は昔、一定期間にいくらお金を稼げるか、いわゆるP/L(損益計算書)的な思考しかなかった人間なんですが、今はB/S(貸借対照表)的な考え方をしています。会計は絶対に勉強したほうがいい。投資をするうえで、”資産”という考え方は絶対に重要なんですよ。

5年前から見れば、自分の考え方がこのように変化するとは考えられなかったと話す与沢さん。心境に変化があったのは、「日本一の投資家になる」という目標とともに、毎日一緒にいるという奥さんとお子さんの存在が大きいのだそうです。

環境が変わり、考え方も変化している与沢さん。
しかし、「一点突破」する与沢さんの生き方は、今も全く変わりません。

今後、与沢さんがどのように変化しようとも、その部分だけは決して変わらないのです。


本イベントのグラフィックレポートはこちら!



イベントの動画は箕輪編集室内のアーカイブでいつでも見ることができます!
入会はこちらから!

編集:柴田佐世子 , 柳田一記
写真:山崎凌
グラフィックレポート:MariKa

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#箕輪編集室 公式

『多動力』を始めとするヒット作を多く手がける、幻冬舎 箕輪厚介が運営するサロンの公式note。箕輪編集室→https://camp-fire.jp/projects/view/34264 箕輪厚介の会社→https://naminoueshoten.com/

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