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いまだ「何者」でもない君たちへ  ー何もできない渡邉大典が偉大なリーダーになった理由ー

彼は非常に人の目を気にします。
緊張しやすく、人前ではうまく話せません。
嫌なことがあったら割と態度に出てしまいます。
影響されやすく、周囲の雰囲気に流されがちです。

肝心なところでのチョンボも多く、よく「大人」たちから怒られます。

率直に言って、どこにでもいる、極めて「普通」な若者です。
しかし、そんな渡邉さんに対する周囲の信頼はなぜか絶大。

「みの邸」の住人だったある人間の一言が忘れられずにいます。

「あのな、『みの邸』の住人は困った時に、みんなナベちゃんのところに相談しに行くんだよ」

これは、まだ「何者」でもない極めて「普通」な若者が、凡庸ならざる成果を出して偉大なリーダーになった物語。箕輪編集室(以下 みの編)メンバー専用のシェアハウス「みの邸」チームの二代目リーダー、渡邉大典さんのメンバー図鑑です。

ボロボロやった・・・本当にボロボロやったんです

ー今日は渡邉さんのメンバー図鑑ということで、縁の深い「みの邸」でインタビューをすることにしました。

渡邉さん:ありがとうございます。僕は「みの邸」最初の住人なんです。2019年10月に退去したので、ここでちょうど1年間を過ごしたことになります。本当にいろいろな思い出があるので、「みの邸」でメンバー図鑑のインタビューを受けることが決まった時は、胸に迫るものがありました。

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(「みの邸」大好きなんですよね・・・)


ーそもそも、渡邉さんはなぜ箕輪編集室に入ったのでしょうか?

渡邉さん:率直にいうと、会社がとにかく嫌やったんです。入社してすぐに学習所のようなところに押し込められ、新入社員研修を受けました。そこで出会ったのは絵に書いたような鬼教官。来る日も来る日も人格を否定されるような言葉を浴びせられ続けました。

めったなことでは泣かない僕が、研修の最後の頃にはあふれ出る涙を止めることができませんでした。本当に軍隊のような環境でしたので、精神的に病んでいたんですね。当時は会社に行くのが嫌で嫌でしかたありませんでした。

このままだとおかしくなってしまう。死んでしまうかもしれない。自分が生きていける場所を見つけないと本当にどうにかなってしまいそうで、ずっと「別の世界に行きたい」と考えていました。そんな時にツイッターで箕輪厚介さんが自身のオンラインサロンのメンバーを募集していることを知ったんです。入会することに迷いはありませんでした。

ーなんかスタートからいきなりヤバめの状況ですね・・・。

渡邉さん:心療内科の医師からは「君の症状はパニック障害に近い」と診断されました。日曜日は吐き気が止まらず、涙が止まらない。とうとう耐えきれなくなって会社を休職することにしました。でも、週末に企画されていたみの編の活動には普通に参加することができていました。みの編で手を動かすことが本当に楽しかったんです。

ー何がそんなに楽しかったんでしょうか?

渡邉さん:やっぱり自分で手を動かしたことが形になるのが楽しかったんやと思います。意思決定も自分でできますし、すぐに実行に移されるスピード感とか、そういったことに充実感を感じていたんですね。

「意識高い系」を目指すも挫折。
みの編の「緩いけどガチ」という雰囲気が心地よかった

ー箕輪厚介のことはもともと知っていたんですか?

渡邉さん:箕輪さんのことは「ホリエモンの本を編集している人」という認識でした。僕はもともとホリエモンのことが好きやったんです。ホリエモンが書いた『ゼロ』を読んで、「こんな挑戦する生き方いいなぁ」と純粋に憧れました。あれを読んで僕は「意識高く生きよう」と思ったんです。本の影響を受けて、ホリエモンが「絶対にやるべき」と言っていたヒッチハイクにも挑戦しました(笑)。

ーおお、すごい(笑)。そこまでする人はあまりいないですよ。実際にみの編に入ってみてどうでしたか?当時は関西にいましたよね?

渡邉さん:関西にいた時、僕は会社生活にも違和感がありましたが、それ以前に大学生活にも違和感があったんです。大学のなかで「意識高い系」の集団に入ろうとしたのですが、スキルが足りなさすぎてすごくしんどかった。

そんな僕にみの編の雰囲気はちょうど良かったんですよね。みの編は「緩いけどガチ」という感じやないですか。真面目にアウトプットするけど、それが強制されるわけじゃない。行動することが推奨されているものの、必ずしも結果を出すことを求められるわけじゃない。遊ぶ時は遊んでいい。そんな雰囲気が僕には合っていると感じました。

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(ガチで優秀な人に囲まれるのって正直しんどい・・・)


「何もできない」なんてあり得ない。常に企画の余白を探せ

ーみの編に入った当初、どのような活動をしていたのですか?

渡邉さん:みの編に入会して、すぐに入った関西チームでは、今井寿亮さんたちと新人歓迎会を企画しました。今から思えば、最初から企画する側に回ったのが良かった気がします。僕は流されやすい性格なので、入ってすぐに活動していなかったら、そのままズルズルと楽なほうへ流されてしまったかもしれません。最初に企画側に回ったからからこそ、もう少しちゃんとやろうという気持ちにもなりましたし、次につながっていったんだと思います。

ーみの編はイベントに参加する側よりも企画する側のほうが、得られるメリットははるかに大きいことはよく言われることですよね。

渡邉さん:企画に真剣に向き合って、周囲の役に立って、信用を稼ぐことができれば、それは絶対に次につながります。最初の新人歓迎会がうまくいったからこそ、その後にいろいろな企画に声をかけてもらえるようになりました。

関東に「みの邸」をつくる箕輪さんの構想が始まった時、関西でも「みの邸」をつくろうという機運が高まって、その企画にも僕は参加させてもらえましたし、立命館大学に箕輪さんを呼んで、150人規模の講演を主催することもできました。どれも本当に貴重な経験です。

ー立命館大学の講演、「みの邸」、ゴリプリ(みの編男性限定チーム)、さらには大学時代はアイスホッケー部の主将。渡邉さんは一見リーダー気質でないのに、気づいたらリーダーをしている印象があります。どうしてでしょう?

渡邉さん:何ででしょうね?僕が便利屋だからじゃないですか(笑)。僕は割と責任感が強いほうなので、誰もやりたがらないような仕事を巻きとって解決したりするんです。主体的に動いているうちに「こいつは使えるな」ということで声をかけられることが多いような気がします。

僕は単純なんで、相手があまり本気でなく「これをやろう」と言ったことを真に受けちゃうところがあるんですよね。それで企画を勝手に立てちゃったり、話を進めちゃったりすることが多いんです。そういうことを繰り返しているうちに「ああ、こいつは言ったことをちゃんと形にするのか」といった具合で、信用を集めることができたのかもしれません。

ゴリプリをつくった時なんかもそうですよ。


男だけで焼き肉をただひたすら食べるだけのプロジェクトなんて、言い出したこっとんさんは絶対に本気じゃなかった(笑)。でも僕が勝手にイベントを企画して、参加者を募集していつの間にか形にしちゃってたんです。

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(いや〜。あれ絶対本気じゃなかったよ〜)


ーなるほど。素直さが成功の秘訣というわけですか。

渡邉さん:僕は使命感というか、いつも“謎の責任感”を発揮して別にやらなくても責められないことを自分で拾ってしまうんです。誰かに言われて何かをする、ということではなく、自分からしてしまうことが多い。そこが成功の秘訣なのかもしれません。

もうひとつは、おそらく僕はポジショニングがうまいんだと思います。どんなグループにいても、自分の役割を見つけるのがうまいんです。心がけていることは、そのグループにおいて自分の役割は何かを常に考えているということです。だからどんなグループでも「ここのポジションが空いているな」「あそこのポジションも空いている」と、企画の余白を見つけて活動するようにしています。

ーでも、企画のどこに余白があるかなんて、なかなかわからないのでは?

渡邉さん:いや、そんなことはないですよ。どんな企画にも必ず余白はあります。僕はライティングができるわけでも、デザインができるわけでも、動画が編集できるわけでもないんです。ぶっちゃけ僕くらい何もできない人間は、みの編にはいないかもしれない。

そんな僕ですら余白を見つけられるくらいですから、誰にでも見つけられるはずです。周りを見て、相手のことを考えて、今どういったことが必要なのか、どういうことが求められているのかを想像して手を動かせば、信頼は勝ち取れるものだと思います。

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(え!?・・だって僕が見つけられるんですよ)

聞き手/柳田一記大西志帆野崎未来
編集/柳田一記
写真/うめの瑳刀
バナーデザイン/惣島厚


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