【前編】出版直前インタビュー 宇野常寛が今『遅いインターネット』を提唱する理由
NewsPicks Book第1章を終わらせる本と言われている『遅いインターネット』。
僕みたいに本好きな人間ってさ、自分でも本を書くくらい本が好きな人間だからね。テキストを読むことによって世界の見え方が変わるとか、新しい問題意識が芽生えるとか。自分がコミットしたい文章はそういう文章。それがやれる環境をなるべく自分でつくっていきたいよね。だから僕は、物書きと編集者を両方やってるんだと思う。
2020年2月20日の発売を目前に、著者であるPLANETS編集長宇野常寛さんに“「遅い」インターネット”について徹底取材しました。
下記記事も合わせてぜひご覧下さい。
世の中を良い方向に変えるために。次の世代に繋がるプロジェクトを始動
――「遅い」インターネットとはそもそもどういったものですか?
宇野:「遅いインターネット」は、もともと僕が手掛けるプロジェクトにつけたタイトルだったんです。今のインターネットは端的に述べて「速すぎる」と僕は思います。タイムラインの潮目を読んで、大喜利的に与えられたお題にうまく答えると有名になれる、そんなゲームになってしまっていて、人間から考える力をどんどん奪っていると思うんです。問題そのものではなくて、その問題にどうコメントすると座布団がたくさんもらえるかばかり考えるようになってしまっている。だから、タイムラインの潮目を読むのをやめて、プラットフォームに与えられた速度から自由になって、もっとゆっくり考える道具としてインターネットを使ってみよう、そう思ったんです。
今回の新刊は、そのプロジェクトのマニフェストとして書きました。
今後、このマニフェストを実行するために、同名のウェブマガジンの立ち上げと、ウェブマガジンと連動するワークショップの開催を予定しています。
――なぜ今『遅いインターネット』を書いたのですか?
宇野:今の世の中に流通している本は大きく分けて2種類だと思っていて。1つは「頑張れ」って書いてあるもの。もう1つは「バランスを取って生きよう」みたいなもの。前者は六本木的な人たちが好きで、後者は中央線的な人たちが好き、という比喩だとわかりやすいかもしれませんね。
経済や情報技術が大きく変化するなかで地に足をつけて立っていようすると、頑張ることとかバランスを取ることが大事という本が溢れるのは仕方がなくて、それは世の中のせいだと思っています。
だからこの本では、頑張ることもバランスを取ることも否定していません。だって、ときには頑張ったほうがいいに決まっているし、ときにはバランスは取ったほうがいいに決まっている。でも、それだけで終わってしまうとちょっと虚しいので本書ではそういった環境のなかでどう頑張るべきか、どうバランスを取るべきかを具体的に考える過程を書いています。
この本は「遅い」インターネットのマニフェストになるので、実際に実行していくウェブマガジンやワークショップでの取り組みが、今から5年後、10年後にどれだけのものを残せるかでこの本の価値は決まると思っています。
――『遅いインターネット』はどんな方に届けたいですか。
宇野:「インターネットを通じて世の中に発信してみたい」とか「世界にもっと素手で触れてみたい」という気持ちはあるんだけれど、「今のSNSに積極的にコミットするのはちょっと……」と思っている人に届けたいですね。
きっとそういう人はインターネットで目立っていないだけで意外と多くて。いろいろなことに興味をもってしっかりとものを考えてはいるものの、発信できていないだけなんだと思うんですよ。
そういう人たちに、「もうちょっと違うインターネットとの付き合い方はあり得るんじゃないか」「それによって世の中をポジティブに変えていけるんじゃないか」といったことを考える活動に参加することを提案したいと思います。『遅いインターネット』を読むことも、それを一緒に考える活動の1つです。
インターネットが生まれて、SNSが生まれて、誰もが個人について発信する能力を手に入れたら、そりゃ「他人の物語」よりも「自分の物語」のほうが優位になりますよ。人間は、「自分の物語」を語る方が気持ち良い生き物なんです。もしそれがどんなにありふれて陳腐なものであったとしても。これはもうどうしようもないことだと思います。
僕自身は批評家なので、他人の物語について批評することをライフワークとしています。僕は、テキストを読むこと自体に強い快楽を覚えたり、テキストを読むことによって世界の見え方が変わったり、新しい問題意識が芽生えることに面白さを感じる人間なんです。
だから、この流れは僕個人にとっては正直あまり気持ちのいいものではありません。
でもそんな僕という個人の好き嫌いや趣味や判断でこの流れが覆るわけはない。だって、それは氷河期が終わったら地球が暖かくなる、といった至極当たり前の話と一緒だと思うんです。
だから僕としては、「自分の物語」が優位の今の時代に、「他人の物語」を発信することでしか得られない快楽について、どう人々に教えていくかを考えています。「他人の物語」の居場所をどう見つけていくかということを問題にして試行錯誤しているのが「遅い」インターネットの活動です。
――「遅い」インターネットの活動を通して、宇野さんは何を成し遂げたいですか?
宇野:世の中を良いものに変えていきたいです。現状は、一気呵成に物事を担いで革命をしようとし過ぎなんだと思います。もちろん時には畳みかけるように物事を成し遂げる勢いも大事です。でもそれだけではダメ。
もし右手で一気呵成のお祭りをするとしたら、左手では次の世代に渡していける地道な運動もする。やはり5年10年と続けて次の世代に渡していけるものが、意味があるものではないでしょうか。
僕の「遅い」インターネットの活動は、僕一人でどうにかなるとは思っていません。僕のやり方は小規模でもいいから長く良いものをつくり続けて、じわじわと支持を拡大していくやり方です。そんな僕のやり方を見て、「自分もやってみよう」とか「自分はここを改善してこうやってみよう」とか思ってくれる人が出てきてくれること。そういう広がりが継続していくことで、世の中が変わると僕は思っています。
柔軟に対応するために、自分のペースを取り戻すために「遅さ」が必要
――「遅い」インターネットが生まれたきっかけは?
宇野:きっかけは、2年くらい前まで出演していたテレビのワイドショーのコメンテーターの経験になります。
当時、出演後は必ずといっていいほどネットニュースやTwitterでクソリプがついたり炎上したりしていたんだけど、例によってその中には最低限の事実関係すら確認していないものがたくさんあった。中には明らかに記事の「見出し」しか読まずに僕の発言の内容を「想像」して怒っている人までいた。もちろん前後の文脈を無視して誰かが一部を切り取って紹介して、その切り取った一部に対してまったく僕が意図していないし、実際に話してもいない意見をやはり「想像」して怒ってくる人がでてくる、なんて日常茶飯事でした。
これにはさすがに危機感を覚えました。
もちろん、昔のインターネットでも同じようなことが無かったわけではありません。インターネットの手軽さを利用し、デマを流して攻撃したり、印象操作をしたりすることは当たり前のように行われていたと思います。
ただ、それがこの10年近くで大きく大衆化していったように思います。
テレビに出ていた2年間、そんなくだらないことは今すぐ止めろとずっと言い続けていました。もちろん大事なことだし、今でも正しいことだと思っています。でも、それはマイナスをゼロにしているだけでした。
僕は少しでも良い方にプラスとなる活動に、自分の人生を使うと決めました。
これが、「遅い」インターネットの種が生まれるに至った経験です。
――「遅い」インターネットが生まれたのは宇野さんの強い義憤によるものだとよくわかりました。このプロジェクトを通して、どういう人を育てたいですか?
宇野:ある立場において責任を持ってコミットするんだけれど、その姿勢は柔軟である。そんな人を育てたいですね。
たとえば、ある政策の決定において、賛成か反対かは「ひとまず」態度表明するのだけど、そこにはちゃんと「留保」がついていて、このような運用がされなければダメだから、この条件が変わってしまったら別の方法を支持することに変えるとか、そういう「きちんと決めるのだけど、柔軟に構えておく」姿勢が大事だと思うんですよね。
少なくとも僕は、意見を求められた時「“今のところは”この立場が良いと思う」としっかり態度表明をします。そして、そこにはちゃんと留保をつける。もし状況が変わったとか、自分が間違っていたと思ったら、しっかり訂正して立場を変えるという柔軟さを持っています。
そういう態度をとるためにも「遅さ」が必要です。
即断即決で0か1かの世界になってしまうと、イエスかノーか、ありかなしかの判断しかできなくなってしまう。態度表明をちゃんとしつつ留保をつけるには、時間が必要なんですよね。
だからインターネットには「遅さ」が必要なんです。
――「遅い」インターネットを意識することで得られるものはなんでしょうか?
宇野:これから先、個人が自分の名前で責任を持って言葉を発信していくっていうことは、社会人というか資本主義社会のプレイヤーとして必須のスキルになっていくと思いますし、全員が当たり前のようにやっていくことになると思います。
ただ、GoogleでもTwitterでもFacebookでもInstagramでも、なにかしらのプラットフォームが提供してくるリズムでしかものを考えられないまま「発信」をしてしまっている人が多くいるのが現状だと思います。
そうではなくて、大切なのは、そのプラットフォームが提供してくるリズムの外側に自分を置くこと。そこで初めて、ちゃんと自分の思考ができるし、自分の価値を発揮させられるんだと思います。プラットフォームの内側にいる限り、自分で考えているのではなく、“考えさせられている”状態だと思います。
外側に行くためにも、やはり「速度」がキーワードだと思っていて。
今タイムラインがものすごい勢いで動いているなか、あえて遅い速度で考えることが、プラットフォームのリズムから自分が抜け出る方法になる。タイムラインの波の満ち引きから距離を置くことで、自分のペースで思考して、自分の考えというものをしっかりと出していく。そのことが価値を生むと思っています。
* * *
次回は、「遅い」インターネットの必要性を、政治やグローバルといった視点からご説明いただきます。
宇野さんが描く「遅い」インターネットプロジェクトに少しでも興味を覚えた方は、ぜひ『遅いインターネット』をご一読ください!
本書ではここで語りきれない“宇野さん節”が、炸裂しています!
テキスト/土居道子
写真/森川亮太