「みんな“なりゆき”で生きていた」ジブリプロデューサー鈴木敏夫が語る 目標を持たない生き方
スタジオジブリプロデューサー・鈴木敏夫さん。それまでの映画宣伝を刷新して今までにないやり方をいくつも生み出し、興行収入の日本記録を何度も塗り替えてきました。2001年に公開された『千と千尋の神隠し』は、308億円という桁違いのヒットとなり、未だ日本の興行収入ランキングトップのまま。
そんな鈴木さんのことを、ある人は「風のように生きている」と言います。風のように生きるとは何なのか? その生き方に迫っていきます。
目標を持て、なんて誰が言い出したんだろう
ー今、ビジネス書を中心として「行動しろ」「◯◯しろ」と言った強いメッセージを感じます。しかし、鈴木さんの著書などを読んでいると「やってみたらいいんじゃない?」っていう、柔らかさというかゆるさを感じるのですが...。
鈴木:僕はゆるいですよ(笑)。でも、その違いってすごくはっきりしてると思いますけどね。ゆるいか、ゆるくないかって。僕はね、何が何でもこれをやろうっていう目標がなかった人間なんですよ。だから、大学に入ったのも何のためかと言うと、文学部に入ると英語が喋れるようになるかなと...(笑)。
ーえ! まったく同じ動機で驚きました(笑)。
鈴木:本当にその程度だったんです。行かなきゃいけないから大学へ行った口で、そこに大きな目標はなかったわけですよ。じゃあ卒業してどうするの? っていう問題が当然あるでしょ。だけど、僕はどういう仕事がしたいか、何もなかったんですよ。
ーそれに焦ったり悩んだりはしなかったんですか?
鈴木:というかね、何やろうかなあ〜って思ってたら、どんどん時が過ぎていったんですよね(笑)。それで結果として、僕は徳間書店という出版社に入るんだけれど、出版社に入りたいっていう考えは一切なかった。
学生時代、子ども調査研究所ってところでアルバイトしていて、子どもの面倒を見たり、子どもたちでやる座談会を原稿にまとめたりっていうことをやってたんです。
そうするとね、そこの所長さんに「鈴木くん、書くの上手だからそういう仕事したら? 新聞社とかさ、出版社とか、そういう仕事もあるよ」って言われたの。僕の頭の中にはあまりなかったんですよ。言われてみて、「そうか。自分の特技を活かすとしたら、そういう道もあるのかなぁ」と。それくらいの気持ちで、僕は徳間書店のことを何も知らないまま、試験を受けたんです。
それで、未だによく覚えてるんですけど、面接の時に「君、週刊誌を読んだことはあるか?」って聞かれて、僕は正直に「読んだことない」って答えたんです。だって、週刊誌なんてくだらないものだと思ってたしね(笑)。そしたらね、「週刊誌も読んだこともないのに、週刊誌の記者になるつもりか!」って言われて、僕はそこで初めて週刊誌の記者になるって知るわけですよ(笑)。
そのくらい将来何をやるかについて、何の指針もなかった。徳間書店に入ってからも、雑誌の編集長になって頑張ろうっていう夢とかは一切なくて、(徳間書店に)いつまでいるのかなぁって思いつつ日々を過ごしてた。
何を言いたいかって言うと、そうしていると段々分かってくるわけです。自分はやっぱりあれだなって。目標を持って、そこに到達すべく努力をする。これって本当は立派なことでしょ。確かに、中学や高校でそんなことを言われた覚えはあります。でも、僕は目標を持って到達すべく努力することはできないなぁって。そう思ってる時に、宮崎駿と出会って映画を作るんですよ。そうすると、目標がなかったから映画業界へすぐ行けたのかなとも思いますよね。
ー鈴木さんの著書と同じように、ジブリの作品にも「生きてみたら?」というような柔らかいメッセージがありますよね。
鈴木:多分、宮崎駿もそうなんですよ。あの人は、映画の監督になりたいと思っていたわけじゃないんですよ。有能なアニメーター、「職人」として生きたかったんですよ。でも、色々やっていくうちにやらざるを得なくなったでしょ。だからなんですよね。辞めるって言ったり、復帰したりするのは(笑)。
僕も、映画プロデューサーになりたくてなったわけじゃない。ジブリを始める時に、宮崎駿と高畑勲と僕の3人で話したんですよ。で、2人は監督じゃない? それだと、僕も監督ってわけにいかないんですよ。宮さん(宮崎駿)が「じゃあ、鈴木さんプロデューサーやりなよ」って、こんな感じで決まったわけ(笑)。
それで、ある時ね、目標を持つということについてちょっと喋ってたんですよ。そうすると高畑さんが教えてくれたんです。「鈴木さんはあれですよね」って言いだしたから、何かなあって思ったら、「目の前のことをコツコツやってて気が付いたら、あるところに来ちゃってる。そのタイプですよね」って言われたの。これはね、ものすごい僕を安心させてくれた一言だったんですよ。
要するに、コツコツやってたら拓ける未来もある。だから、僕は「なりゆき」っていうか。それに、今、樹木希林さんの『一切なりゆき』が売れてるでしょ。
ー100万部突破しましたよね。
鈴木:僕も「なりゆき」なんですよ。目標を持ってやる人もそりゃあ良いけども、やっぱ大半の人は持ってないんじゃないかな。だから、僕はゆるいんですよ。
『魔女の宅急便』にキキという女の子が出てきますけど、キキもそうなんだよね。だって、あの子は「宅急便屋さんになりたい!」ってなったわけじゃないでしょ。あの子は空を飛べたわけだから、その能力を活かして宅急便屋さんになったわけでしょ。だから、僕はその気持ちがよく分かるんですよ。
ー鈴木さんはキキタイプっていうことですね。
鈴木:そう。目標なんてそんな簡単に持てないもん。だって、「目標を持て」って誰がいつから言い出したの?
ー小さい頃からそれが当たり前だと、なんとなく感じていましたが。
鈴木:例えば、江戸時代に士農工商っていう身分制度があったじゃない。で、さっき言ってたけど、今流行ってる本は「行動しろ」「これをやれ」とかでしょ。もし江戸時代にね、そんなことである人が頑張り始めたら、身分制度壊れちゃうじゃん(笑)。
ー確かにそうですね(笑)。
鈴木:でしょ? あなたはもう武士なんだから、百姓なんだから、なりゆきで生きなさいっていうのが江戸時代の考え方でしょ。だから、目標なんか誰も持ってなかったはずだよ。
その夢や目標にとらわれすぎて、若い人は「今」がおろそかになっちゃってると思うんですよね。
ー今、ですか?
鈴木:そう。今を生きることができていないんじゃないかな。
「今、ここ」を生きていく、とは
ー著書『南の国のカンヤダ』の中で、「カンヤダは、いつも“今、ここ”を生きている」という言葉が出てきますよね。
『南の国のカンヤダ』は、鈴木敏夫さんが、都内のとあるマンションのエレベーターでタイ人女性のカンヤダと出会ったことで生まれました。しばらくして彼女は、生まれ育ったところへ帰国します。タイ王国の田舎町・パクトンチャイ。田園風景が広がるこの町では、大人も子供も穏やかに楽しく、その日その日を生きています。そんなパクトンチャイで、大家族とともに暮らすシングルマザー・カンヤダがこの本の主人公です。まっすぐ正直に生きている彼女の姿は、鈴木さんだけでなく、その周りにいる人を自然と惹きつけていきます。合理的に考えてしまう現代人の私たちから見ると、カンヤダは理解できないような行動を起こして、人と衝突することも。この本は、そんな彼女と、彼女に翻弄されながらも楽しんでしまう鈴木さんたちのお話です。
鈴木:そう。この本に出てくるカンヤダという女性は、いつも「今、ここ」なんだよね。怒りたい時に怒るし、笑いたい時に笑う。誰に対しても、何に対しても、いつも正直。
ーそれって私たちとどのように違うんでしょうか?
鈴木:我々は、どうしても合理的に考えて損しないように選択肢しがちでしょ。だけど、カンヤダはそうじゃない。たとえ損だとしても、自分がそれをやりたいならやる、やりたくないならやらない。それで、自分がどう思われるかとかも考えていない。
ーカンヤダさんの生き方は、鈴木さんの「コツコツ目の前のことをやっていく」という生き方とも似ていますね。
鈴木:少しこの本の続きを話すと、最後は少しハッピーエンドで終わるんですよ。バンコクで開いたカンヤダのレストランも順調で、幼い息子のキムもちゃんとした学校に通うことができるようになった。
でも、ある日突然、誰にも何も告げず、彼女は息子を連れていなくなったんです。信じられないですよ。だって、レストランができて、彼女の部屋もバンコクにできたでしょ。給料も、実を言うと結構高かったんですよ。それを全部捨てていなくなるわけです。その時、彼女から最初に来たLINEを、僕は忘れないですよ。「どうして私は運が悪いんだろう?」。何考えてんだよって(笑)。
ーまったく予想できない方ですね(笑)。
鈴木:それでね、本の1ページ目の写真ってカンヤダがとったものなんですよ。で、これを見たデザイナーの小松くんが「これ誰がとったんですか?」って驚いてた。彼曰く、この構図はプロでも簡単にとれないらしい。
鈴木:で、彼女は写真が好きで、よく僕に送ってきてくれるんですよ。それをいろんな人に見せてたら、ジブリ編集部の女性が「『熱風』(ジブリで発行している小冊子)で彼女の写真の連載やりましょう」って言って。
その連載を見た宮崎吾朗(宮崎駿の息子)くんが「彼女の写真いい」って言い出して。今、彼は映画を作っているから、その現場を彼女に撮影してもらうことになって。それで、ジブリのスタッフが「彼女がジブリ美術館をとったらどうなるでしょうね」って言い出したことをきっかけに、今度タイから来てとってもらうことになったんです。
僕は、彼女は面白い写真をとるなあって思って写真を見せただけで、こうやって広がっていったんですよ。それで、彼女を急遽カメラマンにすることにしたんです(笑)。
ー本とはまったく違う展開がどんどん広がっていきますね。
鈴木:僕はいつもこうなんだよね。自然と広がっていく。そういう“なりゆき”に任せてみると、本当、面白いんだよね。
柔らかい笑顔、ゆったりとした口調で語ってくださった鈴木さん。“なりゆき”で生きながらも、今、目の前のことに全力で向き合い、コツコツと結果を出していく。そんな風のような生き方が、鈴木さんを世界的プロデューサーという場所に運んでくださったのではないでしょうか。
明日4月27日、カンヤダさんと鈴木さんのトークイベントが開催されます。お二人の「今、ここ」を生きる姿を感じてみてはいかがでしょうか?
*こちらは、書店員向けメールマガジン「箕輪書店だより」で取材させていただいた内容の一部を記事としました。次回4月30日に配信されるメルマガでは、鈴木さんにこれからの本や書店について語っていただいてます。バックナンバーはありません。ぜひ30日までにご登録を!
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取材 橘田佐樹 柴山由香 柳田一記
書き起こし 奥村佳奈子 本村茉莉子 氷上太郎 Nobuhiro Arai
編集 橘田佐樹
写真 森川亮太