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「基本的に、誘いに全部乗ろう」 中国・四国チーム・松島秀彰 #みの編LEADERSの素顔

自動車部品製造→スーパーの野菜売り→IT企業の営業→子会社の代表、フリーランスエンジニアの営業代行、スナックのオーナーという紆余曲折の人生を過ごした松島秀彰さん(以下.松島さん)。
そんな彼が25歳の時、ある人との出会いが人生を変える大きなターニングポイントになります。いったい彼の人生にどのような影響を与えたのでしょうか?

その裏側と素顔に迫ります。

(取材時:2021年2月)(聞き手:佐藤圭

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ーーみの編に入ったきっかけは何でしたか?

きっかけは「スナック箕輪」です。2020年の5月に入会しました。
入会前は毎回1,500円払って「スナック箕輪」を視聴していたのですが、月に5,6 回くらいやっていたので、入会した方が安い! と思い、入会を決めました(みの編メンバーは無料)。

ーーそれは、「スナック箕輪」でビジネスの話を聞いてみたいという思いからきていたのでしょうか?

そうですね! 昔からビジネス系の動画を観るのが好きでした。
それで箕輪さんに辿り着いて、この人の話をもっと聞きたいと思いました。

ーーなるほど! では、中国・四国チームのリーダーになった経緯を教えてください。

前リーダーからやってみないかと誘われて、即「OK」と返事した感じです。

ーー印象に残ったイベントはありましたか?

関西チームとのコラボ企画「サブリーダーかわいいZOOM」はおもしろかったです! 僕が質問を投げて、関西チーム、中国・四国チームのサブリーダーで誰が一番かわいい返答をしたか、で順位を決めるというイベントでしたが、これがめちゃくちゃ盛り上がりました!(笑)

最近だと、高知でサウナランドのイベントがありました。箕輪さんが高知TSUTAYAにいらっしゃって開催されたトークショーは、とても盛り上がりました!

ーー今、リーダーとして考えていることはありますか?

リーダーとして考えていることではないですが、「楽しいことを日々やっていきたい!」と常に考えています。

人生を大きく変えた出会い


ーー次に、これまでのキャリアについて教えてください。

高校を卒業してから2年半くらい、自動車部品製造の仕事に携わっていたんです。仕事は楽しかったんですが、どうしてもこの仕事を長く続けていけるイメージが湧かず、退職を決意しました。

その後は島根に戻って、スーパーで野菜を売る仕事をしました。ここでも2年半くらい続けたのですが、前職と同じ理由で退職を決意しました。
その後出雲市へ引っ越して、どんな仕事をしようかと考えました。昔からインターネットが好きだったので、システムエンジニアの仕事に興味が湧き、職業訓練校に半年間通ってプログラミングを学習しました。

そして、島根のIT企業に就職しました。当初、システムエンジニアをやりたいです! と言って入社したのですが、「営業をやってくれない?」と言われ、「分かりました」と答えました。2020年3月末まで、その会社の従業員として営業の仕事をしていました。

退職する半年前に、フリーランスの営業として独立するため退職の意向を社長に伝えたら、「子会社をやってくれない?」と頼まれ、「やります!」と答えて、今に至ります。
現在は、その会社の代表をやって1年経ったところです。

別事業として、フリーランスエンジニアの営業代行や、スナックCandy (西野亮廣さんの絵本「えんとつ町のプペル」の世界観で作られ、西野さんと SHOWROOM 株式会社・代表取締役の前田裕二さんがオーナーの「会員制のスナック」)もやっています。

ーーたくさんのお仕事をされてきたんですね! 松島さんが仕事をやっていて火が付く瞬間はどんな時ですか?

基本的にモチベーションが一定なので、あまりないのですが…。あるとしたら、例えば、目標の売り上げに満たなくて「ヤバいな」って思う時ですかね。

ーー期日が近くて焦ったりはしますか?

それはあまりないかもしれません。例えば、クラウドファンディングを昨日までやっていたのですが、やることを決めて期日までずっと走り続けていたので、ずっと火は灯っていたと思います。

ーー松島さんが「人生の自分ゴト化」を達成するには、どのようなことが必要だと思いますか?

僕は25歳の時に初めて、自分の人生に興味を持ちました。
僕は6人兄妹で、2個上に兄がいるので、ずっと兄の姿を見て育ってきたんです。こうしたら褒められる、こうしたら怒られるなど、全部見ていました。しかも、下には弟が1人、妹が3人いるので、面倒もみないといけません。そんな環境で育ったので、いつもバランスをとるように生きてきました

学生の時も、いじめに加担したくないし、いじめられたくもないし、いじめの仲裁もしたくないという、小さい枠の世界で生きました。社会人になっても、ざっくりそんな感じで生きてきました。

でも25歳の時、ある方との出会いで人生が変わりました。
その方は、「365 日夏休み」というライフスタイルを送っていて、年収も1,200 万円くらいありました。夏はサーフィン、冬も南半球に飛んでサーフィンをしているような人でした。その方が僕のことを可愛がってくれて、一緒にいる時間も増えていきました。

そんな方と一緒に過ごしていると、自分のライフスタイルがどうやらおかしいのかも…と思うようになりました。当時の僕は、「9時〜18時まで仕事、21時までサービス残業、22時に帰宅して死ぬように寝る」というライフスタイルを送っていました。

ある平日の夜、その方と一緒に飲んでいたんですが、夜中の1時くらいになって、僕は明日仕事だったので帰ろうとしました。すると、その方から「松島、明日サーフィン行かない? 朝6時にここのビーチに来て!!」と誘われました。僕は「明日は朝9 時から仕事なので、難しいです…すみません。」と答えました。それを伝えた時にその方から真面目なテンションで「お前、大変だな…」と言われました。

その時、「こんな人は僕の周りにはいないけど、人間的な生活としては、この人が正解だな」と思いました。本気で変わりたい! このままの人生は絶対に嫌だ! と心から思ったんですね。

後日、その方に時間を割いてもらい、真剣に「どうしても変わりたいです。このままの人生は絶対に嫌です。」と伝えました。
すると、一つだけアドバイスをいただきました。「お前は過去やってきた経験で、今後何やるかを判断していないか?と。
僕は、「そりゃそうでしょ」と思いました。
でもその人から、「過去何をやってきたかで未来を判断してると、過去の延長線上の人生しか、歩めないんじゃない?」と言われたんです。僕はその言葉に、とても納得しました。

僕は、そこでどうしても人生を変えたかったので、知らない世界、つまり過去の延長線上にないものに触れていこうと決めました。「基本的に、誘いに全部乗ろう」と心に決めて。

それから、そんなことを6年間ずっとやってきました。そして確実に、この6年間で、僕の人生はガラッと変化しました。使える時間、お金、付き合う人、さまざまな変化が起きました

振り返ってみて、過去の自分は今の自分とは大きく違います。知らないものを拒絶するのではなく、「やったことないことをやってみる!」が大事ですね!

ーーすごくいい出会いですね。そういった新たな挑戦を続けられる理由は何でしょうか?

もはや趣味です(笑)。 僕はこれといった趣味はあまりないですが、やったことないことをやる、行ったことない場所へ行く、食べたことない物を食べる、会ったことない人と会って喋る、こんなことを毎日やっています! 
毎日、「そんなおもしろいことがあるんだ!」と思えることが続いていて、今、とても幸せです。

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人との出会いが運命を変えるとは、まさにこういうことを言うのだと思いました。

いつも明るく楽しく、挑戦をし続けている松島さんはすごく魅了的ですし、そういう人におもしろいことはどんどん集まってくるんだろうなと思いました!

松島さん、ありがとうございました!

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執筆・編集:佐藤圭
Web版編集:黒羽大河
バナー:なかむ

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『多動力』を始めとするヒット作を多く手がける、幻冬舎 箕輪厚介が運営するサロンの公式note。箕輪編集室→https://camp-fire.jp/projects/view/34264 箕輪厚介の会社→https://naminoueshoten.com/