ととのう
サウナ好きが言う「ととのう」という体験がある。
サウナで身体を限界まで温めて、水風呂で一気に冷やす。
そして体をよく拭き、イスで休憩する。
これを3回、4回繰り返すと、休憩中にふっと全身が軽くなって意識が抜けるように感じることがある。
これが不思議に気持ちいいのだ。
ありとあらゆる嗜好品が規制される世の中において貴重な危うい感覚だ。
みなこれを求めて、サウナに通う。
毎回「ととのう」わけではなく、僕は年に数回といったところだ。
人によって感じ方に差異はあれど、「ととのう」を経験したら、これが「ととのう」ってことなんだなと分かるはず。
ここ数日明け方近くまで毎日飲んでいた。
しかし身体や脳は異常に覚醒していて、たまに入る仕事はサクサクこなせるし、アイデアも不思議なほど湧いてくる。
ツイッターでは匿名アカウントを生産し複数の人格を操っていた。
いわゆる躁状態。
そんな起きてるんだか寝てるんだから酔ってるんだか何なんだか分からない状態で掛川に旅に行った。
しかし財布を持っていくのを忘れていた。
遅くまで知り合いと飲んでいたが気づいたら誰もいなくなっていた。
泊まるところも財布もないなか道を歩いてると、1万円が落ちていた。
サウナがある駅前のドーミインに泊まれることになった。
少しだけ寝て朦朧とする意識の中でドーミイン自慢の朝サウナを決め、水風呂につかった。
部屋からタオルを持ってくるのを忘れた。少しだけティッシュペーパーで体の水滴を拭き、ほぼビショビショのまま、服を着て部屋に帰ろうとした。
しかし部屋番号を忘れていた。仕方がないのでカードキーを端っこの部屋からタッチしていった。
赤、赤、赤。この部屋ではないという赤ランプが点滅する。
朝6時くらいだから寝ている人を起こしたらいけない。
そっとカードキーをタッチしていく。
6部屋目くらいで、カードキーのドアノブのところにあるライトが緑に変わった。
チェックアウトまで、まだだいぶ時間があったが、なぜかゆっくりする気が起きず、そのまま着替え、部屋を出てチェックアウトした。
ホテルを出ると強烈な日差しだった。
サングラスをして、駅前まで歩いた。
何年も前から動いていないと思われるおばあちゃんがベンチに座り、感情というものを恐らく忘れてしまったおじいちゃんが鳩にスナック菓子を蒔いていた。
ただただセミの鳴き声がうるさかった。
ベンチに腰掛けると、背負ってたはずのリュックがないことに気がついた。
昨晩拾った1万円の残りの小銭で駅前のコンビニでハイネケンとスマホの充電器を買い、ベンチでビールを飲んだ。
手が二日酔いで震えているがビールの2缶目を買いに行った。
バドワイザーにした。
バドワイザーとかハイネケンみたいな外国のビールは軽いから朝にはぴったりだと思った。
安いサングラスだからほとんど視界は真っ暗にしか見えない。その真っ暗をなんとかこじ開けようとする太陽を睨み続けていた。セミの鳴き声があまりにうるさく気が狂いそうだった。
すると身体がふっと軽くなって、意識が遠くに行く感覚に襲われた。
七月の異常に暑い夏の朝、僕はたしかにととのっていた。